望郷とは異なる何か

 今年もまた一時帰国のタイミングが近づいている。
 実際には3月の終わりに一度帰国している。しかし、妻を連れてのそれは帰国というよりは旅と言ったほうがしっくりくる。それは、まるで自分も外国観光客のような気分で日本を眺めた二週間だった。

 だが、今回は一人だ。そして向かうのは両親と兄が待つ家。

 今の私には生きる拠点が3箇所ある。カタル、タイ、そして日本。
 仕事という都合上、一年のうちでカタルに最も長く暮らしているが、終の棲家はタイと決めている。とはいえ、第二の故郷などという陳腐なことを言うつもりはない。

 それぞれの場所に理由が、事情があり、また愛着もある。

 かつては日本へ帰る度、変わりゆく姿と変わらない空気に、どこか懐かしさを覚え、気持ちの何処かに「まだやり直せるのではないか」という甘ったれた考えが小さなシミのように残っていた。

 望郷と言ってしまえないような何か。そう、あの頃の暮らしをそのまま続けていったとしたら...その成れの果てを覗き見たいような誘惑か。

 けして今いる自分の生き方を否定しようと思ったわけではない。
 ただ、ほんの少し歪んだ好奇心がじわじわと湧いて出ただけだ。

 祖国の外に暮らして18年目を迎えようとしている今は、もうそんな不可解な気分に襲われることもほぼなくなった。

 あれは夢だったのだ。本当にそう思えてしまうくらいには遠いところまで来てしまった。