忘却の果て




 タイの深南部はパタニ県にある妻の村へ帰省している。毎年恒例でラマダーン明けのイードを過ごすためだ。

 村ではジジババたちから大歓迎を受け、姪っ子たちのマレー語口撃に面食らいつつ、行く先々で美味しいものをたらふく食べて、といういつもの満喫パターンである。
 こちらの文化では出されたものを食べないのは失礼に当たるので、とにかく食べる。数軒訪ねたあとで腹がはちきれそうでも食べる。

 特にイード当日から数日間は、親戚筋を訪ねて回るので忙しい。
 とはいえ、マレー語がほとんど出来ない私は、訪問先ではぽつんと座っているだけ。運が良ければ親類やそのご近所に時折学校の先生をしている人がいる。彼らはアラブ諸国への留学経験があり、当然アラビア語も流暢。そういう人がいるとホッとしてしまう。

 イード二日目の今日も、義母方の祖母の家に始まり、二軒隣に独りで住んでいたおばさんを訪ねて行った。おばさんは数年前にアルツハイマー型認知症を発症し、去年から弟夫婦の家に引き取られて暮らしている。
 奥の部屋に寝たきりになってしまったおばさんに男性の私は会うことは叶わなかったが、面会した妻の話では症状がかなり進んでいて、妻のこともおそらく覚えていない様子だったと。

 少しずつ記憶が消えていく。ヒト一人が歳を重ねていく道程で選ばざるを得ない選択肢の一つだとしても、あまりにも悲しくやるせない。