感情

 もうずっと以前から、まるでこの17年以上に及ぶ海外生活がなかったかのような、そんな長い時間をこの国で過ごしている錯覚に囚われている。

 似たような感覚は以前もあった。
 それでも、日課となってしまった現地新聞のチェックのためにウェブサイトを開けば、嫌でも現実に引き戻されていた。だが、今は少し事情が違う。アラビア語で書かれた新聞記事のPDFファイルを眺めて作業をしている間は、自分ではない誰かがそうしているような不思議な感触がある。

 死に目に会いたかったとも、叶うなら今すぐ会いたいとも、そういった感情は湧いてこない。冷静でいられる自分自身に別段驚きはしないし、そんな自分を冷たい人間だと自虐気味に笑うこともない。

 ただただ自分は今を生き続けなくてはならないのだと、そう思うだけだ。
 この滞在を終えて、祖国を再び離れる頃には、妻が待つあの国へと気持ちを向けることだろう。そこから更には今の自分が暮らす場所で、背筋を伸ばして現実に向き合わなくてはならない。